戸籍の名前には、現在読み仮名の記載がありません。
法制審議会は、行政のデジタル化のために読み仮名の追加が必要であるとして、戸籍法の見直しを検討しています。
その中で焦点となっているのが、いわゆる「キラキラネーム」についてどこまで認めるかという問題です。
しかし、その「どこまで」というギリギリを狙ってくる親の存在が不思議でなりません。
いったい誰のための命名なんでしょう?
キラキラネームの定義は?
キラキラネームとは、一言で言うと漢字本来の読みとは異なる、変わった読み方をさせる名前のことを指します。
漢字というところがひとつのポイントで、漢字の意味から連想できなくはない読みを無理やりさせることが多いです。
例えば、「海(まりん)」「騎士(ないと)」「光宙(ぴかちゅう)」や「黄熊(ぷう)」などですね。
転じて、突拍子もない名前や、人名として普通はつけない名前の類いも、キラキラネームと呼ばれることがあります。
この手の名前は2000年前後に、より侮辱的な意味が込められたネットスラング「DQNネーム」と呼ばれるようになりました。
それが2010年代になると、類似の言葉として「キラキラネーム」が使われるようになります。
一説によると、この呼び方には育児雑誌の影響があるとも言われています。
キラキラネームはキラキラしているか
キラキラネームのせいで、いじめのターゲットになり苦しむ子供が多いと聞きます。
社会性評価においてもキラキラネームは本人の付加価値とはならず、奇異の目を向けられやすいという指摘もあります。
これらは誰でも容易に想像できることです。
それなのに、なぜキラキラネームがつけられるのでしょう。
キラキラネームなどと呼ぶから勘違いするのです。
もともとは蔑称ともいえる「DQNネーム」だったのに、「キラキラネーム」と呼んだ途端に、「華やかな」「光り輝く」「注目を浴びる」といった肯定的な意味が感じられるようになってしまいました。
しかもタチが悪いのは、肯定的に感じるのは命名した親だけなことです。
命名した親だけにはキラキラして見えるようなのです。
時代はキラキラネームに慣れてくる、時代によりキラキラネームは変化する、と言う人が居ますが、我が子を(同意を得ずに)その犠牲にする権利を親は持っていないはずです。
子供の命名権は誰にある
「命名権」という権利があります。
人間や事物、施設、キャラクターなどに対して命名することができる権利のことです。
でも人間の場合、いささか違和感がある言葉ではあります。
命名する権利ですから子供の親が有するように思えますが、これが実は定かではありません。
誰に命名権があるかは法的に明確ではないのです。
学説や判例によると、大きく2つの見解に分かれます。
- 子の命名権は親権のひとつであり親のもの。
- 子の命名権は子供の人格権であり子供のものだが、自分では行使できないので親が代行。
「命名権の濫用(乱用)」というように、過去の学説や判例では1.の立場をとることの方が多いです。
しかし命名権が仮に親にあったとしても、命名は親のために行うものではありません。
親が子供のためを思ってつけなければならないものなのです。
子供の名前を命名するのは親の責任ですので、命名権ではなく「命名義務」とでも言うべきものです。
命名権と言うから、スタジアムやペットの命名と混同する親が出てきます。
スタジアムは命名者が自分の名誉や宣伝のために命名するものですし、ペットは自分の名前で苦しまないから好きなように命名できます。
しかし子供の命名は、これらと根本的に異なる行為です。
「命名権の自由」を主張する親は、子供の立場を想像する視点が欠けているように思えてなりません。
1993年に「悪魔ちゃん命名騒動」というのがあって、悪魔という命名を行政が受理しなかったことに父親が不服申し立てを行ったという報道が話題になりました。
結局は批判を浴びた父親が疲れ果てて申し立てを取り下げましたが、代わりの命名も(具体的には不明ですが)普通の名前ではなかったようで、両親の離婚後母の元で改名を届出ていわゆる普通の名前になっているとのことです。
まとめ
キラキラネームは変えられます。
名の変更をしないと人生や生活などに支障を来すという正当な理由があれば申請可能です。
子供は親を選べないのと同じく名前を選べませんが、正当な理由があれば変えられるのはせめてもの救いです。
以上、キラキラネームに関する話題でした。